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中国のミニバブルは、近い内に、弾けますか?
もし弾けたら日本株も又、大きく下落してしまいますかね??
1986年、1月にスペースシャトルが空中爆発し、4月にソ連のチェルノブイリ(ニガヨモギ)原発が爆発し、株価は暴落し、世界人口は50億人を超えた。
資本主義は生き延びるためにカンフル剤を打つことを選び、国家の資産を食い潰すために民営化を行い、東西対話を行なって冷戦終結=グローバル化の準備をはじめた。1986年が人類文明の成長の限界であり、破局のときであったのだ。
それから約22年が過って、サブプライム危機、製造業の不振は、カンフル剤がきかなくなって、いよいよ危篤状態になったということだ。日比谷公園派遣村のような終末風景をこれから日常的に見ることになるだろう。
人類は動物の一種であるのに、自分だけが偉いと勘違いして、自然を破壊しつくしたところに原罪がある。我々もこの原罪から逃れられない。
さて、これからの時代、何を考えて生きていけばよいでしょうか。何が一番大切でしょうか。
http://q.hatena.ne.jp/1234480368
金融システムは本当必要か?
ちなみに私は株取引などの金融はしたことありません。
wikiには、金融とは資金が余ってる人が足りない人へ融通するためのシステムであると載っています。
結論を先に言うと、金銭の融通(貸し借り)の金融は必要ではないとは言いませんが貸し借りは減らしていくべきで、最終的に金銭の無償の援助のみが残る社会を目指すべきではないかと思います。
以下のその理由を述べていきます。
世界で飢えてる人たちに食料や労働を提供することは必要です。
しかし一方では、生きるために何不自由してない人たちが、お互いに資金を融通しあっているのが金融です。
そのようなシステムは本当に必要だろうかと思います。
人が本当に求めているのは富を増やすための金融ではなく富を持たなくても豊かな生活ができる環境ではないでしょうか。
つまり、お金が増えていく社会ではなくて、減っていく社会が必要ではないでしょうか。
しかし一方で豊かな生活をするためには科学技術が必要である。
効率よく科学技術を伸ばすために金融経済が必要である。
この論理で世界は動いているように思います。
確かに一見豊かな生活に科学技術は必要に思えますが人間同士の繋がりは科学の力により関係性を弱め感じることが難しくなります。
豊かさとは物質的な面と心の面とがあり、一方が上がれば一方が下がるような関係にあります。
心技体という言葉ありますが、真の技術を磨かなければ心と体は強くならない。
技術を磨くためには人の心を磨かなければならない。
人間が作り出した機械やシステムが増えれば、富は必要になりますがその機械やシステムが減れば富はどんどん必要なくなります。
科学技術は、善にも悪にも利用されます。
真の技術とは人間の心と体によって生み出されるものではないでしょうか。
人類が誕生して600~700万年と言われますが、科学が誕生したのはここ400年程度です。
つまり人類は科学なしでも十分に地球上で生活できる環境を与えられています。
では何故科学が生まれたのか、本当に科学は必要なのか。
人類の歴史を振り返ると、それは資源、土地、食料の奪い合いによる争い(戦争)の歴史だと言えます。
科学が戦争のために生まれたとは言えませんが、戦争に利用され発展したのは事実です。
科学も金融も人間により善にも悪にもなります。
しかしその善が真の善であるのかを我々は常に考えるべきだと思います。
科学、金融等人間の作り出したシステムなしのほうが、人類全体として見れば豊かに生活できると思います。
まあ、最もシンプルに考えるのがいいと思います実際問題としてはこのまま競争原理、大量生産を続けていけば必ず地球はその対価を支払うように要求してくるような自然が生態を保っている型そのものが壊れてしまうなら人は当然のように生きてはいけません。
どんな思想を掲げてもどんな理想を持っても足元にある大地そのものが壊れてしまえば私達に花一つ咲かすことは出来ないのです。
本当に自然を大切にし共に生きて行くのだとしたら戦争するしか回避出来なかった気概以上に地球がその答えを示した時です。
戦争している場合ではない、のなら逆の方向へ魂を込めて進むしかないし互いに貢献しあっている!働く時間も商品に対する思いもただの大量消費ではないんだと知らしめることでしかないでしょうね。
まあ、自立していく人が増えるにつれ国という概念そのものがどんどん緩和され個々のレベルで取り扱えるようになるですニコ動画などもそうですがどんどんイメージの力が個人のレベルで動かせるようになってます。
そのことからももし開かれていけるのでしたら巨大なビジョンが出来ている事実にも気づけるはずです。
まあ自立していく先に、出来るものがあるはずです。
それに現実にならなければ意味はないですしね。
あまりうまく言えないです。